ワーグナー-リヒャルト・ワーグナー (Wilhelm Richard Wagner)
ヴィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(ドイツ語: Wilhelm Richard Wagner 発音例 、1813年5月22日 - 1883年2月13日)は、歌劇の作で知られる19世紀のドイツの作曲家、指揮者である。ロマン派歌劇の頂点であり、また「楽劇王」の別名で知られる。ほとんどの自作歌劇で台本を単独執筆し、理論家、文筆家としても知られ、音楽界だけでなく19世紀後半のヨーロッパに広く影響を及ぼした中心的文化人の一人でもある。
生涯
幼少期
ライプツィヒのワーグナーの生家。
1813年、ザクセン王国ライプツィヒに生まれる。父カール・ワーグナー(Carl Friedrich Wagner (1770?1813))は警察で書記を務める下級官吏であったが、フランス語に堪能であったため、当時ザクセンに駐屯していたナポレオン率いるフランス軍との通訳としてたびたび駆り出された。カールはリヒャルトの生後まもなく死に、母ヨハンナ(Johanna Rosine Wagner)はカールと親交があったルートヴィヒ・ガイヤー(de:Ludwig Geyer (Maler)、ユダヤ人・実父説もあり)と再婚した。ワーグナ一家は音楽好きで、家庭内で演奏会などをよく開くなど幼時から音楽に親しみ、リヒャルトの兄弟の多くも音楽で身を立てている。特に一家とも親交があった作曲家ウェーバーから強い影響を受ける。ウェーバーは若きワーグナーにとって憧れの人で、生涯敬意を払い続けた数少ない人物であった[1]。15歳のころベートーヴェンに感動し、音楽家を志した。それと同時に劇作にも関心を持ち、のちに彼独自の芸術を生み出す原動力となる。10代から盛んにピアノ作品を作曲しており、初期ロマン派の語法の積極的な摂取が幼いながらも認められる。1830年10月、ベートーヴェンの交響曲第9番をピアノ版に編曲しマインツのショット社(de:Schott Music)に刊行依頼をするも、断られる。1831年の復活祭の折りにライプツィヒを訪れたベルンハルト・ショット(de:Bernhard Schott)に楽譜を手渡すとともに再度依頼するも編曲版には不備も多く、出版には至らなかった[2]。当初は絶対音楽の作曲家になろうと交響曲にも関心を示したが、すぐに放棄した。
1813年、ザクセン王国ライプツィヒに生まれる。父カール・ワーグナー(Carl Friedrich Wagner (1770?1813))は警察で書記を務める下級官吏であったが、フランス語に堪能であったため、当時ザクセンに駐屯していたナポレオン率いるフランス軍との通訳としてたびたび駆り出された。カールはリヒャルトの生後まもなく死に、母ヨハンナ(Johanna Rosine Wagner)はカールと親交があったルートヴィヒ・ガイヤー(de:Ludwig Geyer (Maler)、ユダヤ人・実父説もあり)と再婚した。ワーグナ一家は音楽好きで、家庭内で演奏会などをよく開くなど幼時から音楽に親しみ、リヒャルトの兄弟の多くも音楽で身を立てている。特に一家とも親交があった作曲家ウェーバーから強い影響を受ける。ウェーバーは若きワーグナーにとって憧れの人で、生涯敬意を払い続けた数少ない人物であった[1]。15歳のころベートーヴェンに感動し、音楽家を志した。それと同時に劇作にも関心を持ち、のちに彼独自の芸術を生み出す原動力となる。10代から盛んにピアノ作品を作曲しており、初期ロマン派の語法の積極的な摂取が幼いながらも認められる。1830年10月、ベートーヴェンの交響曲第9番をピアノ版に編曲しマインツのショット社(de:Schott Music)に刊行依頼をするも、断られる。1831年の復活祭の折りにライプツィヒを訪れたベルンハルト・ショット(de:Bernhard Schott)に楽譜を手渡すとともに再度依頼するも編曲版には不備も多く、出版には至らなかった[2]。当初は絶対音楽の作曲家になろうと交響曲にも関心を示したが、すぐに放棄した。
雌伏の時代
1831年、18歳の時にライプツィヒ大学に入学。哲学や音楽を学んだが数年後に中退する。またこのころ、聖トーマス教会のカントル(トーマスカントル)であったテオドール・ヴァインリヒ(de:Christian Theodor Weinlig)に作曲指導を受けていた。翌年1832年、交響曲第1番ハ長調を完成させた。時を同じくして、最初の歌劇『婚礼』を作曲した。1833年にヴュルツブルク市立歌劇場の合唱指揮者となった。その後指揮者に飽き足らず歌劇作曲家を目指したが芽が出ず、貧困と借金に苦しんだ。
最初の妻であるミンナ・プラーナー。
1834年にマクデブルクのベートマン劇団の指揮者となった際、女優のミンナ・プラーナー(Minna Planer)と出会い、恋仲となる。1836年には「恋愛禁制」を作曲したがベートマン劇団が解散。ミンナがケーニヒスベルクの劇団と契約したため彼女についてケーニヒスベルクへと向かい、同地で結婚した。彼女とはのちに次第に不和となった。1837年にはドレスデン、さらにリガ(当時の帝政ロシア、現在のラトビア)と、劇場指揮者をしながら転々とした。1839年パリへ夜逃げ同然に移ったが相変わらず貧しかった。このパリ時代には小説『ベートーヴェン詣で』、『パリ客死』を書き、またのちに有名となる歌劇『最後の護民官リエンツィ』、『さまよえるオランダ人』を書いた。しかし、パリでワーグナーが認められることはなく、ワーグナーはフランスに悪印象を抱くようになる。一方で「リエンツィ」は1841年6月に故郷であるザクセン王国・ドレスデンで完成したばかりのゼンパー・オーパー(ドレスデン国立歌劇場)での上演が決定し、1842年4月にワーグナーはパリで認められなかった失意のうちに「リエンツィ」の初演に立ち会うためにドレスデンへと戻った。
1834年にマクデブルクのベートマン劇団の指揮者となった際、女優のミンナ・プラーナー(Minna Planer)と出会い、恋仲となる。1836年には「恋愛禁制」を作曲したがベートマン劇団が解散。ミンナがケーニヒスベルクの劇団と契約したため彼女についてケーニヒスベルクへと向かい、同地で結婚した。彼女とはのちに次第に不和となった。1837年にはドレスデン、さらにリガ(当時の帝政ロシア、現在のラトビア)と、劇場指揮者をしながら転々とした。1839年パリへ夜逃げ同然に移ったが相変わらず貧しかった。このパリ時代には小説『ベートーヴェン詣で』、『パリ客死』を書き、またのちに有名となる歌劇『最後の護民官リエンツィ』、『さまよえるオランダ人』を書いた。しかし、パリでワーグナーが認められることはなく、ワーグナーはフランスに悪印象を抱くようになる。一方で「リエンツィ」は1841年6月に故郷であるザクセン王国・ドレスデンで完成したばかりのゼンパー・オーパー(ドレスデン国立歌劇場)での上演が決定し、1842年4月にワーグナーはパリで認められなかった失意のうちに「リエンツィ」の初演に立ち会うためにドレスデンへと戻った。
ワーグナー:前奏曲集(カンペ/ハレ管/エルダー)
WAGNER, R.: Preludes (Kampe, Halle Orchestra, Elder)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/CDHLL7517
ワーグナー・エッセンシャルズ
Wagner Essentials
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/825646631735
ワーグナー・オペラ・ハイライツ(ヴラシア/ロレンツ/クッシェ/ヴェンコフ/シュターツカペレ・ベルリン/ベルリン国立歌劇場/コンヴィチュニー/スイトナー)
WAGNER, R.: Opera Highlights (Wlaschiha, Lorenz, Kusche, Wenkoff, Berlin Staatskapelle, Berlin State Opera Chorus and Orchestra, Konwitschny, Suitner)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/0300546BC
ワーグナー:歌劇からの管弦楽曲集(序曲、前奏曲他)(セントルイス響/セムコフ/ミネソタ管/スクロヴァチェフスキ)
WAGNER, R.: Orchestral Highlights from Operas (Overtures, Preludes and Selections) (Semkow, Skrowaczewski)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/MCS-ED-9066
ワーグナー・フォー・ダミー
Wagner pour les nuls
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/5099908264152
ワーグナー:管弦楽作品集(NBC響/トスカニーニ)(1952, 1953)
WAGNER, R.: Orchestral Music (Toscanini Conducts Wagner Favorites) (NBC Symphony, Toscanini) (1952, 1953)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/CD-0601
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集/楽劇からのアリア集(マルジョーノ)
MARGIONO, Charlotte: Sings Wagner
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/PTC5186077
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集/歌劇「タンホイザー」/楽劇「トリスタンとイゾルデ」(抜粋)(シュヴァネヴィルムス/ウィーン放送響/マイスター)
WAGNER, R.: Wesendonck Lieder / Tannhauser / Tristan und Isolde (excerpts) (Schwanewilms, Vienna Radio Symphony, Meister)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/C5174
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集/歌劇「タンホイザー」 - 序曲、聖金曜日の音楽/楽劇「神々の黄昏」(抜粋)(リボウシェク/ウィーン響/プレートル)
WAGNER, R.: Wesendonck Lieder / Tannhauser: Overture - Venusberg Music / Gotterdammerung (excerpts) (Lipov?ek, Vienna Symphony, Pretre)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/C237901A
ワーグナー:ヴェーゼンドンク歌曲集/ジークフリート牧歌/序曲&前奏曲集(ステンメ/スウェーデン室内管/ダウスゴー)
WAGNER, R.: Wesendonck Lieder / Siegfried Idyll / Overtures and Preludes (Stemme, Swedish Chamber Orchestra, Dausgaard)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/BIS-2022
ワーグナー:歌劇からの管弦楽曲集(ポーランド国立放送響/ヴィルトナー)
WAGNER, R.: Orchestral Highlights from Operas
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/8.550498
ワーグナー:オペラ・アリア集(ニキティン/リージュ・フィル/アルミンク)
WAGNER, R.: Opera Arias (Nikitin, Liege Philharmonic, Arming)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/V902754
ワーグナー:オペラ・ハイライツ(ゼンパーオーパー・エディション 3)(1948-1956)
WAGNER, R.: Opera Highlights (Semperoper Edition, Vol. 3) (1948-1956)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/PH11044
ワーグナー:オペラ・ハイライト集(ウィーン・フィル/ベルリン・フィル/フルトヴェングラー)
WAGNER, R.: Opera Highlights (Furtwangler)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/0724358619157
ワーグナー:オペラからの管弦楽作品集(ベルリン・フィル/テンシュテット)
WAGNER, R.: Orchestral pieces from the Operas (Tennstedt)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/0724356861657
ワーグナー:オペラからの序曲と前奏曲集(フィルハーモニア管/シモノフ)
WAGNER, R.: Overtures and Preludes from Wagner's Greatest Operas (Philharmonia Orchestra, Simonov)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/CC-7030
ワーグナー:オペラ序曲集(ウィーン・フィル/ショルティ)
WAGNER, R.: Opera Overtures (Vienna Philharmonic, Solti)
このページのURL http://ml.naxos.jp/album/00028947585022