続・続原発震災日誌2
山本秀明展-時の流れ- 1950年 松前生まれ 山本秀明と語ったこと、今、3.11以降有機物を、生物的に描くことの困難、核に汚染された世界で、生の賛歌を描くことの欺瞞、しかし、Yの作品には、かってあった有機といった生命の化石、絶滅後の痕跡のようなものが感じられ、この無機の中の有機に、廃屋、廃墟の中に生命の証を探ろうとするような、現代の絶望を見ようとする姿勢を感じると、そうした意図があって創作しているのかと、いえそう言うことはなく、ただ少年の日の鉱物や化石探しのような、博物への驚きと不思議なだけですと、カンブリア紀が好きだと、原始生物、フジツボ、アリ塚のような、現在も世界のどこかに在りそうなオブジェ群、が、それらを見る私の視点は、絶滅後の世界を見るような錯覚が、 少年の日、私にもあった顕微鏡下に広がっ珪藻、植物、動物プランクトンの世界、無限の宇宙に遊んでいるような、様々な形、動き、生命の神秘がそこには、飽かず眺めた記憶、鉱物も良く探した、黄鉄鉱、黄銅鉱、様々な結晶、それらは生物以前の存在の神秘だった、Yの作品は只それらの世界の再現なのかもしれないが、3.11以降の絶望の中にあっては、すべてが無機の、鉱物の世界に見えるのだった、 三内丸山、大湯環状列石のTV 当時、日本列島の人口密度は世界一であったと、栗などを植樹し狩猟、採集生活であったが、26万人に達していたと、それが寒冷化で8万人に減少、そんな中、三内丸山遺跡も放棄されたと、その後再び温暖化となり、1000年間で60万人に、弥生時代から奈良時代頃には、人口500万人、平安時代には700万にへと、ここから私たちは来たのだった、そして、いつの日かここへ戻っていくのだが、それまでの希望、2万年かけてここまで来たのだから、また2万年かけて増やせばいいのだが、その2万年はプルトニウムの半減期までの年数、果たして人間は回復できるのか、核の寿命とは、人間の歴史など易々と超える存在であるのだった、 実存という領域1 私対世界の確立から、私を無の上に置くへ、その背景には、ガン体験からの、私というものの絶望的存在の認識からではあったが、3.11という世界の絶望の前に、無という、私の認識を超えた現象に遭遇したことで、決定的となった、私も無、世界も無、しかし生身の、今を存在している私は在る、未来が、現実がどのようであっても、今に在る私、今ある世界が私の世界、ガン体験からの、今少し生きて居たいと願った、あの希望と同じ、この未だ在る世界が、私の実存という領域、あらゆる世界の問題に対しては、私はどうするのか、私にとっての関係は、それは私にとってどんな意味が、と、 かつては、私の死、友の死であったが、今3.11以降、個から類、存在への死という、無という広大な世界となり、かつての私の実存という領域が成立しなくなり、 実存という領域2 TVで「キタキツネ物語」のリニューアル版を見た、が何かおかしい、ことさらの擬人化、と美化、保存してあった原作版を見たら、そこには貫かれている自然という野生、その野生を生きるキタキツネの姿があった、そこには実存を生きるということの独自な、神秘が脈打っていた、自然という実存、そこを生きる動物、この視点こそが実存という領域だと思わせるものが、あのキタキツネの子離れの儀式は動物という本能のとる行為、人間的な情感ではない、自然という存在の神秘であるのだった、人間存在を、今こそこの自然、神秘の視座から見なければ、本能にも劣る人間の知性というものを、 実存という領域3 核というものを、バシュラールの「火」「水」のように、感情的、精神的にとらえなければ、原子炉を考えること、炭素の制御棒を引き抜くと、ウラン235の振動する核からは、中性子が飛び出し、その中性子が次々とウラン235と衝突し、核の崩壊の連鎖が起こり、その崩壊熱が水を温め、などと科学的説明などではなく、核とは何かを、畏怖も、尊厳も、精神もない、湯沸かし器か、花火のように、玩具にされている核というものを、まず賛歌を、そして畏敬を、が、核の本質とは、世界の核汚染地帯の、生き物の、人間の、植物たちの、存在の組成物である原子から崩されていく、神が存在を造りなおしていく領域であること、核物質とはそうしたもの、科学者というものが、科学で何事をもコントロールできるものと、原子の崩壊とは、酸化や、分解、結合とは本質が違い、それら物質の現象そのものを、造りかえるもの、プロメテウスの火ではない、生命を、物質を、放射性物質にするという、火を放つ、エネルギーを持つ物質、核を賛歌するなら、宇宙創成、人工太陽の出現などと、プロメテウスからもらった火などではない、自ら考え出したものだと、地球寒冷化に必要不可欠な人類の英知などと、科学礼賛、自然征服の勝利などと、その上で核を支配するものへの畏敬を唱え、いつか見た映画のように、核を捉えたならば、どのような核の考察ができるのか、 戦争は二度としてはいけないという議論の可笑しさ、何故人を殺してはいけないのかを、議論しているような集団的自衛権問題のTV番組、議論すべきようなものではなく、人は人において人を殺してはいけないと決まっている、人を殺すということは、自分を殺すということ、攻撃されたなら、正当防衛なら、国益を守るためなら、テロに対してなら、同盟国のためなら、と、ケースによって人を殺していいのではないかと、でなければ、まんまと殺され、侵略されてもいいのかと、泥棒に入られてどうするのかと、ユダヤ人に対するナチに対してはと、戦争とは何かを、誰が、何のためにかを問わず、戦争とは、国家、正義、国益、報復、民族差別、移民排斥、等、様々な時々の理由などではなく、やらせる者と、やらされる者の関係、やらせる者のやらせる者のための戦争、原発も同じ、誰が、誰のために、何のために、それこそが問われねばならない、ナチスがユダヤ人をなのか、日本がアジアをなのか、アメリカが原爆をなのか、誰が、誰のために、何のためにを、 私の事柄以外は無の上に 私の事柄ではなかった核、原発、地球環境、政治、経済、etc、原発震災日誌はこの私以外の事柄を、無の上に据える作業であったはず、 私は私に絶望しているのではない、世界に絶望しているのであった、私が世界の一員であり、世界そのものであるのなら、絶望などしていないで希望へと、しかし、そのようにならないのは、私自身にも絶望しているということか、 フクシマ、チェルノブイリ、希望的観測で帰郷したとしても、訪れるのは絶望であるとの、 明証を持つと同じように、世界の未来に、開けられたパンドラの箱を見る者にとって、いかなる希望があるのか、それでも希望するとするなら、パンドラを、歴史として、存在として、運命として規定する他はなく、未だ私はそのようには出来ていないということ、 9条の意味 紛争の解決を武力で行わない、武器は持たない、戦わない、とは、非暴力、不服従ということだろう、国家においては、国民は、いつの時代、どこの国においても奴隷関係であるという点、独立していても、植民地であったとしても、資本に搾取される存在であるということ、 個人においては、強盗が押し入ってきた場合、金をとられたり、場合によっては命をとられる、それに反抗するかしないかは、個人の信条によるだろう、反抗、抵抗か、話し合い、分かち合いか、強盗するものは、貧しく、搾取された同じ人間なのだと、理解、共感し、助け合うか、これはけっして、理想などではなく、自明な、人間の自然な形である、 国家間の紛争とは、軍産資本、金融資本、が国を超えてやらせていること、軍産資本にとっては、紛争は売り上げなのだから、金融資本にとっては、紛争のための資金貸し付けは、利息収入が見込めるのだから、トルコのIS、アメリカのIS、サウジのISが、リビア、シリアへと、紛争という利権をめぐって、石油を盗った、盗られたと、自分のものでもない国民にとってはどちらでもいいことなのに、尖閣、竹島、北方領土、君のものでもないだろう、そこに資源があるから、それでガスが安くなったり、魚が安くなることはない、漁業権などというが、持っている者の特権だろう、船もない者にとっては、どうでもいいことである、昔の地主と、小作のようなもの、 9条とはこうした資本の、国家利用を禁止しているもの、徴兵制など人命の国家による強奪である、