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続 原発震災日誌53

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続 原発震災日誌53

絶望と無をハイデガーの実存開明で超えられるのか、存在を問う、存在とは何かを問うことを通して、核時代こそ存在の問題が浮かび上がることの、鍵となるかもしれない、存在の在り様ではない、実存とは何かの存在、コギトの我ではない、その問う我とはいったい何かとの、存在そのものを問う中に、核の中に生きることの、存在とは何かが最も問われる、癌とは違った、存在の定義そのものを問うこととして立ち現れてくる、再度実存というものを、核の問題、絶滅、絶望の視点からの考察が、リルケに原発の詩を求められるか、ランボーに、ボードレールに核の絶望が探れるか、種の絶望であって、個の存在の無ではないのだった、

リベート、ワイロ、裏金、不正選挙、陰謀、コネ、学閥、公安、ヤクザ、アカデミズム、軍産複合体、と、あげれば切りのない、有史以来繰り返されてきた人間の営み、これらの結果が現代であるだけ、世界は歴史は邪悪の歴史で彩られている、現代とはその結果なだけ、哲学はこれらに超越する考え方と、新たな在り方とを提出してきたのだったが、実存とはその先端の、問いそのものを問う哲学であるのだったが、その先端が絶滅の危機にあって、宇宙、地球、人間、人生というものが、どれも暗号のように不可知の、ある根源からの、それを神と言うなら神のなせる業のような、この存在をもたらしている者への不条理、否、条理、必然である人間存在への、

火野葦平の自殺問題

作家の戦争責任を感じての自殺、多く作家は責任を取らないまま戦後復活し、人間を先導している、かつて、この問題は絵描きでも、軍人、政治家、また国民一人一人に於いても問われた、そして一億総懺悔と、世界ではマンデラの融和政策にしても、ベトナム、中東の各戦争にしても、革命にしても、彼らも、国民も、戦争という人間の本性の犠牲者であるとの、そこには理想主義と守るべき民族、国家、文化、社会への保存本能が働いてのこと、3.11以前は私に於いても、まず戦争への足音を止めるための努力をしているか否かの、次に戦争になったときに、反戦、徴兵拒否をするかの、次に死を賭して獄死も厭わないかの、平時は勇ましいことを言っていても、実際はどうなのかの、と、それが3.11以降、絶望主義の中では、それらがどちらでもいいこととなった、何ら守るべき規範が消失したのだった、国も文化も、民族も、全生物への犯してしまった罪に、それ以上の罪などないのだった、

チェルノブイリからのレポートで、村人にここは危険ですよ、これは食べられませんよと話しても、そうですかと、平気な様子、しかし家族、近所では病人、障害者が増えている、障害、病気に遭遇した者は放射能のせいだと自覚し、しかしそこから脱出はせず、世界で起きていることが、今自分自身に、東京はまもなくキエフやベラルーシュ並みになる、世界から見ればグレーゾーンと言われることに、
世界の悪を調べ上げても、絶望が自明となるだけ、絶望は核で自明なのだから、私が考えるのは、この絶望をどう捉えるかということ、私という存在をどう考えるのかと同じように、私の上に君臨するこの絶望を、実存を超えると思われるこの絶望を、科学なのか、SFなのか、また宗教なのか、哲学としてどのように考えるのか、現象学が開明の扉に思えたが、問う私を無化する絶望というものには無力、
罪と罰のように、老婆殺しのように、世界の悪を討つ正当性を描いても、リルケのように、存在の実存の姿を表したとしても、人間がどれだけの死に出会っても、その人の実存には至らない世界、癌患者が実存に至らないように、世界の絶望に、人は実存には至らないのだった、実存とは、世界を絶望を超えるものであるのだった、不条理を超える、実存する私という世界、私が実存するなら、私を実存させられるなら、世界は絶望においても実存するはずだと、

若者たち、本質、根源において何も信じてはいない、文化も、国家も、政治も、人間も、しかしその空虚感から、時にうなされたように何事かを求め、マスコミに乗せられ、足をすくわれることに、若者ら、自棄の状態が戦争を待望し、世界の破滅を望んでいるだけ、

世界の悪をどれだけ調べあげても、そこには人間という動物のいじらしさがあるばかり、

絶望と無が、ハイデガーの実存開明を超えられるのか、存在を問う、存在とは何かを問うことを通して、核時代にこそ存在が実在として問われることの、デカルト以来の我の存在、神の存在、イデアの存在、実存という存在、どれも存在を定義しえてはいない、存在の消滅において、意味のない議論、存在のありようではない、問う人間とは何かの、その人間の無の地点からの、人間不在の核の世界の存在とは何かの、

夢で考えたこと、目覚めの床で考えたこと
起きて机の前で考えたこと、夜の散歩で考えたこと、風呂で考えたこと、人類がやがて滅亡するということ、これは多くの人間に分かっていることで、それまでの意味としての文化であるということであった、だとするならこの星の文化はすべて意味であるのだということ、私だけが無に至っているということなのか、絶望をキルケゴールにおいても、ニーチェ、ヤスパースにおいても、マルセル、サルトルにおいても、はっきり意識され、捉えられていたとするなら、彼らの哲学は今の私にとって有効であるはず、あの日、手術に臨んだ日、読むべき本が何もなかった、3.11以降、読むべきものが何もない、これは今も続いている、3.11以前は、私の問題が解決されれば、世界は解決される、世界の問題は様々な人間が解決してきている、問題は世界がどのようであっても、私が問題であるのだと、が、3.11以降は私のことはどうでも良くなり、今私がどうであっても、世界が問題となってしまったのだった、自分が問題になっている者と、世界が問題になっている者との、両方の問題でもいいのだが、世界を問題にしているものは、多く自分を問題にしていない、実存とは自分を通して世界を問題にしていたのだが、世界を通して自分を問題とする世紀に至っているということであるのだった、

癌闘病期の私

これからは僕が時を刻んでいこう~毎日の計画をたて生きていた、生かされていることに感謝~すべてを肯定的にとらえていた、何をしてもしあわせ~人のやさしさを感じていた、
新しい朝を今日も迎えた~一日一日を、朝から夜へと、人生に勝負、残りの人生と~五年生存へと、未踏を出し続けた、

私の失われた時

3.11迄の私の世界は私の失われた時であった、そして今書いているものが、見出された時であった、世界が日常の中で失われたものを見るのとは違う、小津が描いた平凡な日常が戦争で失しなわれたのとは違う、取り返しのつかない、見出せない失われた世界の、癌患者が元気だった昔を懐かしむに似る、懐かしんだとてどうにもならない今を、死ぬまでの今を、見納めの時を、ただ見るだけの見出された時であるのだった、これらをたとえプルーストのように延々と書いたとて、虚しさの、絶望の発見であるばかり、これが世界の不条理、絶望であるのだった、シシュフォスの徒労であるばかり、これが結論されているから、書き続けているのだが、まだどこかで世界を見放していないから、書くことを通して、カフカのように生きてみようと、無意味を、絶望を生きることも、それはそれで意味であると、絶望しても尚死なないで生きるとはそういうこととも、世界は遠い将来、消滅するとは人は想像し、自明と思うのだが、近い将来、何十年後かに訪れずれる絶滅へのプロローグは想像しない、想像しても人間の価値には絶滅のプログラムは想定されていないのだった、が、私において価値変更があるように、経済において、文化芸術において、あらゆる価値において変更が迫られるだろう、

絶望の眼からタルコフスキー的に、世界を、時を刻印する方法で、生き、書いていく、~マルテの手記~絶望する私を対象化すること、私を探求することが、生身の実存であるということ~眼球譚、私の過去も、対象として意味化、目的化~私のナジャ、世界が今や絶望的となったのなら、私に返ること~私のツァラトウストラ、私と世界は何ら関係のないこと、類でも、種でも、エゴでもないこと、世界に突出した私という存在は、類であっても、世界内存在であっても実存開明、私が私であるということは、世界の無関心から、世界への無関心へ~ムルソー



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